線状降水帯の水蒸気観測網を展開

− 短時間雨量予測の精度向上への挑戦 −
2022年6月29日

国立研究開発法人情報通信研究機構
国立研究開発法人防災科学技術研究所
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学
学校法人 福岡大学
日本アンテナ株式会社
気象庁気象研究所
内閣府科学技術・イノベーション推進事務局

近年、西日本では線状降水帯による大規模水害がほぼ毎年7月上旬に発生しています。線状降水帯の予測研究は被害を低減するうえで極めて重要で、国立研究開発法人防災科学技術研究所(理事長:林春男)をはじめとする研究グループは、内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」において線状降水帯の予測研究にいち早く取り組んでいます。この一環として2022年6月から九州地方に整備した水蒸気観測網による観測を開始し、線状降水帯による水害に向けて7月からは観測体制をさらに強化して、九州の11の自治体と共同で予測精度の向上を目指した実証実験を実施中です。また、気象庁気象研究所が中心となって実施する線状降水帯の集中観測に参加し、陸上における水蒸気観測で中心的な役割を担い、リアルタイムでデータを提供しています。さらに、本観測データを大学・研究機関に提供することで、今後、線状降水帯の発生メカニズムの解明に貢献します。予測精度向上の鍵となる水蒸気観測データ配信サービスの民間事業化も目指しています。

発表のポイント

  • 2022年6月から九州地方で線状降水帯の水蒸気観測を開始し、7月からはその観測体制をさらに強化して、九州の11の自治体との実証実験を通して線状降水帯予測の精度検証を実施中です。
  • 気象庁気象研究所が中心となって実施する線状降水帯の集中観測に参加し、防災科学技術研究所をはじめとした研究グループが陸上における水蒸気観測で中心的な役割を担い、リアルタイムでデータを提供しています。
  • 水蒸気観測データを大学・研究機関に提供し、線状降水帯の発生メカニズム解明に貢献します。
  • 日本アンテナ株式会社による地デジ水蒸気観測データ配信サービスの事業化も目指します。

内容(詳細は別紙資料による)

強雨が数時間以上にわたって継続し、河川氾濫や土砂災害などの深刻な被害を引き起こす線状降水帯が近年多発しています。数時間先までの線状降水帯による雨量を正確に予測する技術開発は喫緊の課題です。防災科学技術研究所をはじめとする研究グループは、2020年6月から2022年3月までに世界に類をみない稠密(ちゅうみつ)な水蒸気観測網を九州地方に整備しました。2021年7月10日の鹿児島県における線状降水帯の事例では、水蒸気観測データを用いることで線状降水帯の雨量予測の精度が飛躍的に向上することを確認できました。2022年6月からはこの水蒸気観測網を活用したリアルタイム予測実験を開始し、近年7月上旬に発生している線状降水帯による水害に向けて観測体制をさらに強化して、九州の11の自治体と共同で予測精度の向上を目指した実証実験を実施中です。本観測データを大学・研究機関に提供することで今後の線状降水帯の発生メカニズム解明に貢献し、さらに日本アンテナ株式会社による地デジ水蒸気観測データの配信サービスを事業化することを目指します。

別紙資料

線状降水帯の水蒸気観測網の整備と予測技術開発

1.概要
強雨が数時間以上にわたって継続し、河川氾濫や土砂災害などの深刻な被害を引き起こす集中豪雨が近年多発しています。気象庁気象研究所(以下、「気象研」という)の研究(津口と加藤, 2014)によると、台風の直接的な影響によるものを除く集中豪雨の6割以上は、線状降水帯(注1)によって引き起こされているといわれています。毎年のように線状降水帯による大雨で甚大な水害・土砂災害が発生しており、線状降水帯をリアルタイムで把握する技術開発は喫緊の課題となっています。
 線状降水帯の予測精度向上には、線状降水帯を構成する一つ一つの積乱雲を高精度に予測する必要があります。積乱雲の予測には、雨の元となる、高度約1 km以下の低高度の水蒸気量の把握が重要であることが知られています(Kato et al., 2003)。積乱雲が出来始める前の水蒸気量を観測することで、積乱雲の発生予測を可能とし、線状降水帯の予測精度が飛躍的に向上すると期待されています。
内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」 (注2)の課題「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」において2018年度から実施している、新しい線状降水帯の観測・予測システムの開発プロジェクトでは、これまで積乱雲の観測・予測研究を行ってきた防災科学技術研究所(以下、「防災科研」という)が中心となり、国立研究開発法人情報通信研究機構(以下、「NICT」という)と日本アンテナによる、地上デジタル放送波を用いた水蒸気量観測(以下、「地デジ水蒸気観測」という)、福岡大学と気象研による水蒸気ライダー観測、防災科研によるマイクロ波放射計観測、名古屋大学による航空機観測などの技術開発を進めてきました。こうした最新の水蒸気観測データを予測に用いることで、2時間先までの線状降水帯の予測精度向上を目指した技術開発を行っており、九州の11の自治体と実証実験を通して予測精度の検証と予測情報の利活用の検討を進めています。また、本観測は、気象研が中心となって実施する線状降水帯の集中観測(2022年5月31日報道発表)において、陸上における水蒸気観測の中心的な役割を担っています。7月からは観測体制を強化すべく、海上での水蒸気量の把握を目指した航空機観測を実施します。本観測データを全国の大学・研究機関に提供し、線状降水帯の発生メカニズムの解明に貢献する予定です。
現在、全国で利用可能な地デジ放送波による、低コストな水蒸気観測法の実用化も目指しています(観測原理は後述)。具体的には、日本アンテナによるデータ配信クラウドサービスの事業化に向けた、九州地方での試験運用を開始しています。

(注1)線状降水帯は、「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる長さ50〜300 km程度、幅20〜50 km程度の強い降水を伴う雨域」を指します。

(注2)戦略的イノベーション創造プログラム(SIP:Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program)内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI) が司令塔機能を発揮して、府省の枠や旧来の分野を超えたマネジメントにより、科学技術イノベーション実現のために創設した国家プロジェクトです。


2.水蒸気観測網の整備

線状降水帯が発生しやすい状況についての統計解析が気象研を中心として進められており、特に、低高度の水蒸気流入量が十分に多いことが線状降水帯の発生に重要であることが明らかにされてきました(Kato, 2020)。そこで、研究グループは、リアルタイム・低高度の水蒸気観測データを予測の初期値に反映することができるデータ同化手法を用いた、2時間先までの雨量予測の精度向上を目指し、水蒸気観測網の整備を進めています。
2020年6月には、気象研の水蒸気ライダー(図1中)を長崎県野母崎(のもざき)に設置し、観測を開始しました。SIPで2018年から製作を行った福岡大学の水蒸気ライダー(図1左)を鹿児島県薩摩川内(さつませんだい)市の下甑島(しもこしきしま)に2020年8月に設置して観測を開始しました。この水蒸気ライダーの施設内に、防災科研がドップラーライダーを2021年から設置し、高度1 km程度までの水平風を同時に観測することで、水蒸気の流入量を評価できるようにしています。上空の水蒸気の総量を測定することができる、マイクロ波放射計を防災科研が長崎県福江島に2020年10月に設置しました。2020年度内には、NICTと日本アンテナが共同で開発した地デジ水蒸気量観測機器(図2)を熊本県の北部に2台、大分県、福岡県、佐賀県にそれぞれ1台設置し、合計5台で観測を開始しました。2021年5月には防災科研のマイクロ波放射計を熊本県天草市に設置し観測を開始しました(図1右)。2022年3月までに熊本県以南に10台の地デジ水蒸気観測機器を設置し、合計15台の地デジ観測網の整備が完了しています。図3左に、水蒸気観測網を構成する観測機器の配置図を示します。

図1 
図1 下甑島に設置した水蒸気ライダー(左)、野母崎に設置した水蒸気ライダー(中)、天草市に設置したマイクロ波放射計(右)。

図2 A3サイズに小型化した地デジ水蒸気観測機器(左)。鹿児島県薩摩川内市に設置された地デジ水蒸気量観測機器(右)。

図3 2022年度の水蒸気観測網(左)。航空機ドロップゾンデ観測の飛行経路(黒実線と青実線。青実線上で25発のドロップゾンデ観測を実施する)(右)。


3.地上デジタル放送波を用いた水蒸気量観測の原理

空気中の水蒸気量が増えることにより、非常に小さな変化ですが電波の伝搬速度が遅くなります。この変化を捉えることにより、伝搬路上の水蒸気量を観測しています。観測では、電波の遅れを位相変化(波の位置変化)として測定します。実際の観測では、放送局の送信機・観測点の受信機の位相雑音が電波の遅延による位相変化より圧倒的に大きいため、「反射波法」と呼ばれる手法を用いています。
NICTが開発した「反射波法」とは、観測点で放送局から直接来る電波(直達波)と建物などで反射してきた電波(反射波)を同時に受信し、反射波から直達波の位相変化を引くことで観測点と反射体との間の位相変化を観測する手法です。直達波には放送局の送信機の位相雑音と観測点の受信機の位相雑音、放送局と観測点間の水蒸気量による位相変化が含まれます。一方、反射波には直達波に含まれる位相雑音に加え観測点と反射体間の水蒸気量変化による位相変化が含まれるため、差を求めることで観測点と反射体間の水蒸気量変化に伴う位相変化が観測できます。

<参考> NICTプレスリリース https://www.nict.go.jp/press/2017/03/09-1.html


4.航空機による水蒸気量観測

線状降水帯の発生をできるだけ早期に予測するためには、陸上の水蒸気観測だけではなく、海上の水蒸気観測が必要です。名古屋大学宇宙地球環境研究所は、2022年7月に図3右に示すような航路で東シナ海の水蒸気観測を、航空機(ガルフストリーム4:図4左)を実際に飛ばして2回実施する予定です。航空機から下方(図4中)にドロップゾンデ(図4右)を投下することで、水蒸気、気温、気圧、風向・風速が観測できます。ドロップゾンデは1回のフライトで25発程度投下し、合計50発の観測を予定しています。この飛行機観測のデータを用いた線状降水帯の予測実験を行い、海上での水蒸気観測による線状降水帯の早期予測への貢献を明らかにする予定です。ドロップゾンデ観測のデータは、リアルタイムで世界気象機関の全球通信システムに配信され、気象庁や全世界の気象機関でデータが利用可能となることを目指します。

図4 飛行機観測に使用するダイヤモンドエアサービスの航空機(左)。機体からドロップゾンデを投下する装置(中)。投下するドロップゾンデ(右)。


5.水蒸気観測を用いた線状降水帯の2時間先までの予測実験

防災科研は、水蒸気観測を予測の初期値に用いることで、2021年7月10日の鹿児島県での大雨特別警報事例において予測精度が向上したことを実証しました。図5に示すように、下甑島に設置した水蒸気ライダーが観測した水蒸気情報を「データ同化」と呼ばれる手法で7月10日午前1時00分の初期値に反映し、2時間先までの線状降水帯を予測した場合、1時間30分後にあたる午前2時30分には、鹿児島県北部で線状降水帯とみられる積乱雲の列を予測することができました(図5上)。一方、水蒸気ライダーを初期値に反映させない場合には、発達した積乱雲の列を予測することはできませんでした(図5下)。このように、2020年度までに設置が完了した観測機器による水蒸気情報は2021年度の予測実験に活用され、その有効性が既に確認されており、2022年度においては2021年度までに完成した水蒸気観測網をフルに活用した予測実験を行うことが可能となっています。

図5 2時間先までの線状降水帯予測実験の結果。薄い黄色(降水強度で約10 mm/hrのやや強い雨に相当)と濃い黄色(降水強度で約50 mm/hrの非常に強い雨に相当)は、予測された雨の三次元分布を立体的に示している(南側上空からの視点)。青い楕円を記載した場所で線状降水帯が発生した。水蒸気ライダー(白色丸)を初期値に反映させた場合(上段)と、反映させなかった場合(下段)の雨雲の様子の違いを示す。


6. 今後の展開

防災科研は、内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」 の課題「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」における、線状降水帯の観測・予測システムの開発プロジェクトで展開した水蒸気観測網のデータにより、これまで困難であった数時間先までの線状降水帯の高精度な雨量予測を実現し、さらに、予測された雨量を災害発生と高い相関が見られる「大雨の稀さ情報」(注3)に変換することで、災害発生の確度が高まった地域を事前に絞り込むことが可能となると考えています。
本プロジェクトにおける水蒸気観測を実施する機関(防災科研、NICT、名古屋大学、福岡大学、日本アンテナ)は、気象研が中心となって実施する線状降水帯集中観測(気象庁、2022年5月31日報道発表)に参加し、気象研からのデータ提供依頼に応じて、リアルタイムで観測データを提供するとともに、観測データを全国の大学・研究機関に提供することで、未解明な線状降水帯の発生メカニズムの解明に貢献します。
本プロジェクトで開発された地デジ水蒸気観測網は、プロジェクト終了後に日本アンテナによるデータ配信サービスとして事業化することを目指しています。日本アンテナは、地デジ水蒸気観測網で得られたデータを解析し、データ配信を行うクラウドサービスの試験運用を開始しています。さらに防災科研と連携し、クラウド上で観測データを数値モデルへ同化することで、面的な水蒸気分布の提供も可能とする技術開発も行っています。そして、災害時のみならず、水蒸気データの平時利用の可能性を検討し、民間による事業化を行うための、確実な収益性を確保できるビジネスモデルを現在検討しています。



参考文献
  • 津口裕茂, 加藤輝之 (2014): 集中豪雨事例の客観的な抽出とその特性・特徴, 天気, 61,455-469.
  • Kato T. M. Yoshizaki, K. Bessho, T. Inoue (2003) : Reason for the Failure of the Simulation of Heavy Rainfall during X-BAIU-01 —Importance of a Vertical Profile of Water Vapor for Numerical Simulations—, J. Meteor. Soc. Japan. 81, 993-1013. https://doi.org/10.2151/jmsj.81.993
  • Kato T. (2020) : Quasi-Stationary Band-Shaped Precipitation Systems, Named “Senjo-Kousuitai”, Causing Localized Heavy Rainfall in Japan, J. Meteor. Soc. Japan. 98, 835-857. https://doi.org/10.2151/jmsj.2020-029

(注3)「大雨の稀さ情報」とは、観測された降水量が平均してどれぐらいの期間に一度起こるかを表す「再現期間」を使って、現在までの降水量がその地域にとってどの程度珍しいものかを示したマップ。再現期間を推定するための確率関数は、気象庁解析雨量の約30年分のデータを基に5 km格子毎に最適化しています。 「大雨の稀さ情報」サイトは、水防災オープンデータ提供サービスが配信するXRAIN(eXtended RAdar Information Network:高性能レーダ雨量計ネットワーク) 雨量から10 分間隔に算出した積算雨量および実効雨量に対し、 最適化した確率関数を用いて対応する再現期間を推定しています。
<参考Web>
再現期間の計算方法について(防災科研)https://midoplat.bosai.go.jp/web/3p-rainrp/readme.html
大雨の稀さ情報について(防災科研) https://midoplat.bosai.go.jp/web/3p-rainrp/index.html

語句説明

ドロップゾンデ観測

陸上で行う通常の観測では、バルーンに取り付けた気象センサー(ゾンデ)を地上から上空に放球することで上空の気象観測を行うが、ドロップゾンデ観測では、ゾンデにパラシュートを取り付け、飛行機から投下して観測する。これにより洋上でのゾンデ観測が可能となる。


データ同化

数値予測計算を行う際に観測データを初期値や予測値に反映させる手法。観測や予測の誤差統計情報を用いて、統計学的に最適な推定値を取得することができる。


マイクロ波放射計

周波数21〜32 GHzまでのマイクロ波を用いた水蒸気量を数分毎に推定することが可能な測器。50〜60 GHzまでのマイクロ波を用いることで気温の高度分布も測定できる。


水蒸気ライダー

紫外線(波長355 nm)の光を上空に向けて発射し、水蒸気分子に対して散乱されて戻ってくる光を観測することで水蒸気量の高度分布を10分程度毎に推定することが可能な測器。


ドップラーライダー

近赤外線の光を上空に向けて発射し、エアロゾルに対して散乱されて戻ってくる光のドップラー効果による周波数の変化を観測することで上空の風向・風速を10分程度毎に測定することができる。

本件に関する問合せ

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電話:029-863-7798 FAX:029-863-7699

SIPに関する問合せ

内閣府科学技術・イノベーション推進事務局

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